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鳥栖市のファミリークリニック 内科・外科 くろだ医院です。


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くろだひさし航海記voyage

VOL.20  試練のクエ釣り3


玄界灘では朝日は陸側から登ります。
かなり沖に出ていますので陸は見えませんが、朝日の方向で陸側を確認できます。前夜22時頃から夜中の2時頃までイカ(エサ)釣りをしていますので、太陽は必要以上にまぶしく感じます。

本命のアラ釣りを始める頃はまだうす暗い時間帯ですが、“朝まずめ”と言って魚が釣れるチャンスですので、眠くても集中しています。7時、8時・・・と時間が進むにつれて大きな太陽が空に存在感を増して来ます。集中も持たなくなり、意識も途切れ途切れになった頃でした。持っていた竿がぶるぶると震えた瞬間に水中に竿先が突っ込まれました。よく曲がるもんだなぁと感心している間もなく、両腕にずっしりと重みが… 竿を大きく立ててリールを巻こうとしますが、重みと魚の勢いのため両腕で竿を支えるのが精いっぱいでした。無我夢中とはこのことと、後で思うくらい無我夢中でした。何とか底を切り(魚をそこから浮かせること)、リールを巻きます。
この時は手巻きの大型リールでした。あぁ...大きな電動リールを買おうと決意しながら懸命に巻きました。ある程度上がってくると、魚は無抵抗になります。70-80mの水深から一気に浮かせると、浮袋が膨らんでしまうからです。水面に大きな魚体が浮かび上がってきます。

念願のクエです。

船長に船に引き上げてもらい魚体を観察すると、鮮やかな黄土色と白の模様。
水族館や魚屋で見るのとはかなり異なっていました。計測すると10㎏ほどでした。もっと大きいかなと期待していましたが、まずまずの型で満足しました。

その後も玄界灘、平戸沖に何回か釣行しましたが、これの他は5㎏クラスを2本釣っただけです。昨年は一緒に行った友人が20㎏のクエを釣りましたが、その姿には圧倒されました。クエ釣りの魅力はその強い引きにもありますが、何といってもその味です。刺身、肝と皮の和え物、あら炊き、しゃぶしゃぶ等々...どれも旨いです。

今年もアラ釣りの季節までもう少しです。何とか時間を見つけて挑戦したいと思っています。

次回につづく・・・




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VOL.19  試練のクエ釣り2


前回も述べましたが、クエ釣りのエサには活きイカを使用します。玄界灘のある遊漁船では、夜のうちに自分たちでイカを釣り、日が昇ると同時にポイントを変えてクエ釣りをさせてくれます。
釣りたてのイカを船上で食べて、夜のうちに少し酒を飲んで早朝から本命の釣りをする。釣り好きにはたまらなく魅力的に思いました。

実際にこの釣りに最初に行ったのは10月半ばでした。神湊港を夜9時くらいに出発し、夜10時くらいからイカ釣りを始めます。当初は2~3時間で50~60杯ずつ釣って、イカで一杯やって朝まで休むつもりでしたが、イカ(エサ)が釣れません。ポツリポツリです。6~8月ならばひっきりなしに釣れるのですが。そして、10月夜の海上は寒いんです。足や腹筋が攣ったりして大変でした。エサを確保しないと翌朝釣りになりませんので、やめるわけにもいかず、4時まで頑張りました。刺身だけは食べたものの、酒を飲む余裕もなく。そして、5時頃からクエ釣り開始です。

クエ釣りのポイントに着くと、夜中に釣ったイカをイケスから掬い、針にかけて釣り始めます。朝日がダークブルーの海面を水色に変え、波しぶきがキラキラして、身体もポカポカしてきます。当然、眠くなります。竿を持ちながらうとうと夢見心地で・・・。夢の中では釣れているのですが、現実は厳しいものがありました。

2回目は、風波ともやや強かったのですが、明け方まで頑張ってイカ釣りをして、クエ釣りのポイントまでキャビンで気持ちよく仮眠していました。随分移動時間が長いなぁと思っていたところ、辺りが明るく騒がしくなっていました。
キャビンから出ると港に帰り着いていました。
波風が増して帰港してきたとのことでした。
一晩中、イカ釣りしただけでした。
しかし、3回目に最大のチャンスが訪れました!

次回につづく・・・


VOL.18  試練のクエ釣り1


その白身はふぐよりも美味と言われる高級魚のクエ。九州ではアラの呼び名が一般的でしょうか。
大きいものでは40㎏以上にもなります。
水族館で見ると水槽の底あたりで“ジッー”としていますよね。漁師が延縄で獲るイメージで、マグロ同様に一般人が釣るような魚ではないと思っていました。

3年前、聖マリア病院で勤務していた時に内科で働く後輩医師から
“クエ釣りに行きませんか?”
と誘われたのが始まりでした。
彼も釣りバカで、年中平戸や玄界灘で釣りをしていました。

クエ釣りを知り、15㎏くらいのクエを釣ってからすっかりハマったとのことでした。ボウズのことが多く、5年間で1本も釣れない方もいます。

彼は平戸の早福港から五島列島周辺によく行っていました。6月初めからお盆までの短い期間が好シーズンです。船からの釣りで、エサには活きイカを使い、ハリス(釣り糸)は60-80号という毛糸ほどの大変太いものを使います。
クエは海底の岩場に身を潜めているので、エサに食いついたらまた岩場に戻ります。岩に釣り糸が擦れて切れるため、太い糸じゃないとバラしてしまします。魚も大きいですし。
“また、釣れない釣りかぁ・・・”
とも思いましたが、誘われたので行くことにしました。

平戸では、活きイカを船長が用意してくれます。クエのいそうなポイントの上をゆっくり流し、仕掛けを投入します。イカは胴長だけでも25-30cmある大きいものを使います。クエ以外には、マハタ(タカバ)やキジハタ(アコウ)などの高級魚が釣れることがあります。何度か平戸に通いましたが釣れず、お土産にはイカ(エサ用ですが新鮮です)しか持って帰らないこともあり、娘は後輩と二人でイカ釣りに行っていると思っていたそうです。

お盆を過ぎると、平戸ではアラ釣りはしなくなります。
すると、後輩が玄界灘で夜中にエサにするイカ釣りをして、早朝からアラ釣りをする遊漁船を探して来ました。イカも釣って朝一からアラ釣りができるから一石二鳥と考えました。

これが試練の始まりでした・・・・・

次回へつづく


VOL.17  リベンジ青森釣行-番外編


前回の航海記で今回のマグロ釣りも“いい人”で終わったことをご存知の方も多いと思います。
診察室では、
“また、ダメだったのですね”
“残念でしたね。次は釣れますよ!”
などと声をかけて頂き、誠に有難うございました。

昨夏の釣行は2日の予定でしたが、2日目は時化のため海に出られず、帰るにしても格安チケットですので、変更も出来ませんでした。
弟と2人で観光するにも行くところもなく…
検討して秋田の山奥にある有名な玉川温泉に行きました。

玉川温泉は放射能を含むラジウム温泉であり、がんに効くと言われている有名な温泉です。末期がんの方など、多くの方が湯治をされています。
ただし、温泉の効能には皮膚病や高血圧、喘息とあり、がんの方には禁忌とされています。疲労回復や手術後の体力回復にもいいとされ、サッカーの中田英寿選手やマー君こと田中将大投手なども湯治されていたとのことです。
pH1.2の強酸性のお湯であり、源泉はかなり刺激が強いとされています。

奥羽山脈の中のまるでトトロでも出てきそうな道をくねくねと進んで、玉川温泉に着きました。夏真っ盛りでしたが、谷底の川と勢いよく沸き立つ湯気を眺めていると、空気がひんやりとして肌寒く感じました。
湯治の方々は厳かに、我々と同じ観光客は騒々しく温泉のある建物へ入っていました。

源泉の他に泉源50%のお湯などがありました。
メガネなどは錆びるため持ち込み禁止でした。サウナに入った後に身体を洗い、源泉100%のお湯に入りました。
しかし、1分もしないうちに首あたりが痒くなり、そのうちに全身が痒くなり、すぐに上がりました。
"こりゃたまらん"
と思い泉源50%の湯に入りましたが、1分ぐらいが限界でした。
湯治の方々は、ゆっくり時間をかけて静かに入浴されていました。

「痒くなるのは、身体が悪いんだよ」
と言われましたが、なす術はありませんでした。

早々に着替えを済ませ、土産物を買って市内に向かいました。
マグロも獲れず、温泉にもろくに入れない旅行でした。

これで今回の青森釣行記を終了します。
結果は残念でしたが、今年も懲りずに行ってみたいと思います。

次回からは苦闘のアラ釣行編です。 体を鍛えなおして、来年も挑戦します!





VOL.16  リベンジ青森釣行②


前にも書きましたが、クロマグロは現在「絶滅危惧種」になっています。
親マグロではなく稚魚まで根こそぎ獲ってしまったからです。

しかし、大手メーカーは懲りずに獲り続けています。一本釣漁師や釣り人が自粛しているにも関わらず・・・。まず、このことを念頭に続きを読んで下さい。

青森釣行1日目に訪れた大チャンスでした。
竿には綱引きのような力が加わります。
リールからはラインがどんどん出ていきます。
竿をゆっくりと立てて、魚の感触を確かめながら魚が弱るのを待ち、リールをゆっくり回して魚を船の方に寄せます。魚には余力があり、船の反対方向に走り出します。寄せては離れを繰り返しました。15分もすると、魚はかなり体力を消耗したのか、どんどんと船の方に寄ってきます。水中に魚体がうっすら見えました!
顔が水面から少し出てきました。
『マグロだ!』
思わず声が出ます。
船長が『40-50㎏あるぞ』と言いながらギャフを構えました。
皆に見られて焦ったマグロは水中にUターンしましたが、想定内でした。船のミヨシ(先端部)に移動して船の左舷から右舷へ竿を振ってマグロが船の真下に入ることを阻止しました。疲れたマグロが水面に出てくる度に力を振り絞って潜ります。何度も竿を船の右舷、左舷へ交わします。
自分でも気付いてなかったのですが、随分と疲れていたようです。
『もう少し右に寄せて、左、左』
と船長から檄が飛びます。
“もう,大丈夫だ”
と思った矢先、最後の力でマグロが潜りました。運動不足の腕が悲鳴を上げ、竿を船の手すりに置いて楽に右舷から左舷へ交わそうとした瞬間、
『ぶちっ』
と音を立ててラインが切れてしまいました。揺れる船上で唖然と立ち尽くし、唯一聞こえてくる風の音が鳴き声のようでした。握力はなくなり、上腕は虚しくぴくぴくしていました。
その後、チャンスもありましたがヒットすることなく1日目は終了しました。

翌日は強風のために出港できず、2015年夏が終わりました。
途中で疲れたことと、トロが美味いだろうなぁと考えたことが敗因です。

絶滅危惧種のことは頭にはありませんでした。
体を鍛えなおして、来年も挑戦します!


VOL.15  リベンジ青森釣行①   2015/10/2


8月に夏休みを頂いて、今年も行ってきました“マグロ釣り”。
家族や友人からは“どうせダメだから違う釣りした方がいい”とか、”お金の無駄”と言われながらも、昨年のリベンジとばかりに行きました!

8月は竜飛岬よりも秋田県と青森県の県境の沖にある久六島という島周囲がいいとの情報で向かいました。 前回は青森空港でしたが、今回は秋田空港を利用しました。初めて秋田県を訪れました。閑散とした様子は佐賀空港並みでした。初日は出港する港から車で40分くらいに位置する能代市に宿泊しました。
高校バスケットで有名らしいです。
寂しい町でしたが、能代は酒が美味いです。居酒屋で地元の酒を頂きましたが、淡麗辛口の上にほんのりと甘さが香る感じが絶妙でした。
料理はパッとしませんでしたが、名物のジュンサイはなかなかでした。甘めのだし汁で、つるんとした食感のジュンサイがさらにのどごし良く感じました。前回の二日酔いでの失敗を教訓に適度に飲んで翌日に備えました。

初日の朝、好天に恵まれましたが、波はやや高めでした。
出港から小1時間ほどで釣り場に到着しました。盆明けの平日のこともあり、海上は我々の他は1艇のみでした。久六島と聞いていたので、島があると思っていましたが沖ノ鳥島のような岩礁のみでした。いつものようにマグロが小魚を追いかけて水面に出てくるタイミング(釣り用語ではボイルといいます)を待っていました。
大きなボイルがあるもののマグロではなく3-5kgのブリの集団でした。
竿やリールの調子を見るためにブリを釣ってはリリースし、本命を待っていました。

沖に出て2時間ほど経過した時に、船の前方300mくらいのところでマグロがジャンプしました!!!船長が急行し、約50mのところからルアーをキャストしました。間もなく“ガツンッ”とした手ごたえが竿に伝わってきました。

釣れたかどうかは次回へ続く



VOL.14  青森釣行記③   2015/09/12


2日目は二日酔いが治ったころに釣り終了となりました。朝一にチャンスはありましたが、フラフラしていてダメでした。
何しに青森まで来たのか・・・と反省しきりでしたが、後の祭りでした。

結局のところ、弟と二人で完全な“ボウズ”でした。

港から青森市内に戻る途中に家族や知人に対する“釣れなかった言い訳”をずっと考えていました。潮廻りが悪かったとか、ベイト(小魚)が少なかっただとか。青森まで行って何も釣れなかったじゃ、格好つかないですよね。
翌日の飛行機で帰る予定でしたので、青森市内で宿泊しました。
居酒屋で釣り切れなかった“マグロ”を食し、やけ酒を飲みました。

翌朝は早くから市場に行きました。何しに?って、もちろんマグロを買うためにです。手ぶらじゃ帰れませんから。幸いにも近海物が安く手に入りました。
自宅に帰り、皆でマグロを食べました。子供たちは“美味しい”と言っていましたが、何だか虚しい味がしました。以上が昨年の青森釣行記になります。

最近、太平洋クロマグロは絶滅種に指定され、北部九州では産卵期(梅雨時期)の漁や釣りを自主規制する動きになりました。しかし、実際には大手企業は巻き網漁という手法で大量の産卵期のマグロを獲っています。一本釣漁師や私のような釣師が自粛しても意味がありません。巻き網漁では1回の漁で30トン以上も獲るそうですから・・・ 。
昨年の青森釣行では釣果がなく、正直なところ落ち込みました。
しかし、懲りていませんよ!
今年も行ってきます(8月のお盆明け)。
釣果をご期待ください。

つづく


VOL.13  青森釣行記②   2015/08/20


竜飛岬と北海道の南端の白神岬までは約19.5kmとのことです。
いわゆる津軽海峡で釣りをするわけですが、景観は抜群でした。
『この下に青函トンネルがあるんだよ』と船長に教わりました。
水深は深くても100mくらいとのことでした。
どうやってトンネルを掘ったのかなぁと、考える余裕があるくらいに海上は穏やかでした(魚もいなくて…)。

狭い海峡に漁師や一般の釣り船を合わせると200隻程あったかもしれません。
皆がマグロを釣りたくて待ち構えています。
鳥が1か所に集まると10-20隻の船がそれを追いかけます。
水面が『バシャバシャバシャッ』と音を立てると、船が一斉に近づきます。
そろそろルアーが届くかなぁー、というところで魚たちは水面に沈んでしまいます。

チャンスは何度かありましたが、マグロは掛かることなく初日は終了しました。
港に戻るとがっかりとした様子の釣り人達が道具を片付けていました。
仙台ナンバー、土浦ナンバー、千葉ナンバー、神戸ナンバーの車もありました。

『皆な遠くから来てるなー』
『俺たちが一番遠いやんか』
なんて空しく話していました。

我々は翌日もあったので、港からほど近い民宿に向かいました。
老夫婦が切り盛りしていましたが、豪華な食事と冷たいビールで次の日の健闘を誓いました。同宿の人達は東海、関東からみえており、冬場は九州まで釣りに来るとのことでした。
『あーだ、こうだ』と尽きない釣り談義を肴に遅くまで飲んでいました。

2日目は朝から二日酔いでした。

つづく


VOL.12  青森釣行記①   2015/08/04


私が釣り好きなのはご存知と思います。
開院してからはなかなか時間が取れず、釣りにも行けていません。
北部九州は釣りポイントが多く、わざわざ北部九州以外に釣りに行くことはありません。 昨年、開院準備をしている時に弟に誘われて青森に釣りに行きました。
もちろんマグロ狙いです。

皆さんご存知の大間と反対側で日本海側の竜飛岬に行きました。
初めての遠征でもあり、釣道具の輸送にも苦労しました。
青森着の4日前に宅急便で竿などを送りましたが、青森に着いてから宅急便会社の支社に荷物を取りに行くと竿だけがまだ着いてないとのことでした。
翌早朝から釣りなのに…。
荷物の現在地を調べてもらうと岩手県の盛岡まで届いているとのこと。
青森-盛岡間はザッと行かない距離です。
何とか夜中に届けてもらい、無事に竿を受け取りました。
釣りを始める前からこれですから、結果はおのずと……

初めて青森に行ったので、釣りの前日は竿の心配をしながら、市内をプチ観光しました。思っていたよりも閑散とした感じの町でした。
北海道新幹線にむけて線路の建設中だったのですが、何もない草原?の中に建設された路線は周囲と一体感がなく、海や川のないところに出来た橋を思わせました。
筑後平野の九州新幹線の線路もそうですね。
9月中旬でしたが、とても涼しく夜は肌寒く感じました。
地元の店では地元で流行っている変なカクテルを飲んだり、氷下魚(こまい)という魚の干物やほや貝など食べましたが、珍しいなという感じだけでした。

しかし、日本酒はなかなかのもので、北国らしいすっきりした辛口でした。
翌早朝から青森を発ち、小泊という港町に向かいました。
道中には『牛に注意』という看板があるくらい、長閑な風景でした。
港に着くと、沢山の釣り人が竜飛岬を目指して集まっていました。

つづく





VOL.11  夏に向かって   2015/07/04


梅雨はうんざりですね。
日中は暑いかと思うと朝晩は肌寒くなり体温調整も難しいです。
気圧の変化もあって、自律神経の乱れからめまいや肩こりの悪化、下痢になられる方も・・・食欲もなくなることも多々あります。

梅雨ならではの湿気から汗腺(汗の出る皮膚の穴)に異常が出て汗をかきにくくなることもあります。こんな時は、発汗作用のある山椒や生姜、ネギ、食欲増進作用のある柑橘系やシソなどを試されて下さい。

もうすぐ暑い夏がやってきます。
灼熱の太陽、焦げたアスファルトからのてり返し、夕方の無風状態。
想像しただけでも汗がにじんできます。
エアコンの効いている部屋でゆっくりしていたいですね。
ただ、気を付けたいのがクーラー病です。
人の体は急激に5℃以上の気温変化についていけませ。
自律神経に乱れが起きてしまうからと言われています。
症状は頭痛、めまい、肩こり手足の冷え、不眠、便秘・下痢などがあります。
冬に多そうな症状が多いですね。

人の体は思っている以上に繊細にできています。
対策はいろいろとありますが、体を冷やさないことが肝要です。

なんだか夏は嫌な季節みたいに思えてきますが、そんなことないです。
こまめに水分を摂取して、暑い時間帯を避けて外出して汗をかき、新陳代謝を活発にしましょう。

私も真夏にはあまり魚釣りには行かないようにしています。
暑いのは大丈夫ですが、あまりに日焼けすると患者さんからいろいろ言われます。
医者じゃなく、漁師に見えるとか…(笑)。
クリニックにみえられた時に私が日焼けしていても温かく見守ってくださいm(__)m






VOL.10 うどん県のはなし その4   2015/06/06

香川県で有名な観光地といえば、何といってもこんぴらさんですよね。
正式には金刀比羅宮(ことひらぐう)といいます。
奥社まで行くと階段が1368段もあります。
参道には沢山のお土産屋さんや“うどん屋”さんがあります。ここの“うどん”もはずれなしです。とは言っても、2度ほどしか行ったことはありませんが…。

大学入学して間もなくの研修旅行と3年前に家族旅行で行きました。
この時に加齢による体力の衰えを痛感しました。
18歳の時はさっさと登れたのですが、40過ぎの体力は……悲惨でした。

元々こんぴらさんは海上交通の守り神として信仰されています。
魚釣り好きにはぴったりな神さまです。
宴会や飲み会でも四国の方々は、「こんぴら船々 追風(おいて)に帆かけて
シュラシュシュシュ まわれば 四国は 讃州那珂の郡 象頭山 金毘羅大権現 一度まわれば」と踊りながら陽気に歌われます。
大きな橋などなかった時代、島国では船は重要な交通手段ですから、信仰も厚かったのでしょうね。

他に有名な観光地は、源平合戦で有名な屋島ですね。
崖を馬で下って奇襲に成功したと伝わっています。
小高い丘か、小さな山みたいな印象です。
屋島は大学からも近くて何度も行ったことがあります。
景色を楽しんだり、散歩したりです。いわゆるデートコースですね。
ふもとには美味しい“うどん”もあります。

後は栗林公園、瀬戸大橋が思い浮かびます。
栗林公園は殿様の“庭”って感じの綺麗なところです。
周辺には美味しい“うどん”が沢山あります。
瀬戸大橋は壮大です。車で行かれる際は、SAに寄られて下さい。
オーシャンビューもいいですが、“うどん”も美味しいですよ。
て、どこ行っても“うどん”ですね(笑)。



VOL.9 うどん県のはなし その3  2015/05/07

香川県の『うどん』の特徴は強いコシですよね。
最近は硬いなぁと感じていました。

一方、福岡も『うどん』は有名ですが、
逆に柔らかめですね。
香川からこちらに来た際は、あまりのギャップに驚きました。
それぞれの特徴の違いがとても面白いです。

食べ方も大いに違いますね。
香川では『ぶっかけ』 とか『生醤油』とか『ざる』『釜揚げ』が好まれていたように思われます。当初は『生醤油うどん』にびっくりしました。うどんに生醤油と刻みネギのみですから。あとは『かけうどん』にセルフでかき揚げやちくわ天を別皿にトッピングするスタイルでした。
福岡で『ごぼう天うどん』が人気あり、最初から『うどん』に乗っていることに驚きました。揚げ物は、ほとんどが別皿に入れられていた気がします。

以前にも書きましたが、
香川には本当にうどん屋さんが多く(あちらこちらにあるんです)、
しかも安さに驚きました。1989年に最初に行ったとき、私鉄ターミナル駅前のうどん屋さんは、かけうどん1杯が100円でしたから。

しかし、『うどん屋さん』は、朝早くから開けておられても、昼過ぎで大半が閉店になっていました。夜はチェーン店と飲み屋街の店位でしたね
休日になると、地元の方は早朝から『うどん屋さん』に『生うどん』を買いに行かれ、自宅で食べられていました。皆、『うどん』が大好きなのです。

正確なデータではないのですが、地元の方は1日に1食以上は『うどん』を食べているとされていました。
私も1年に300食くらい食べていたと思います。

一方、香川にはラーメン屋さんは少なく、6年間で食べた記憶がありません。
久留米に来た時にラーメン屋さんの数にビックリしました。



VOL.8 うどん県のはなし その2   2015/04/06

大学時代を過ごした香川県は、年間を通じて降水量が少なく、大きな川もありません。
よく断水になっていました。

最近は知りませんが、当時は夏にはほぼ毎年断水がありました。ひどい時は1日20時間断水もありました。
水道が使えるのは午後4時から午後8時まででした。色々と困りましたが、トイレが1番困りました。風呂に水をためておいて、灯油ポンプにホースを接続して風呂場からトイレまでプシュプシュしていました。
風呂に水をため忘れた時は、大学病院まで用を足しに行っていました
(病院には優先的に断水はありませんでした)。
初めてミネラルウォーターやペットボトルのお茶を買ったのもこの頃です。

うどん文化が盛んなのも水不足が関係していると聞いたことがあります。
水不足で米作りが難しく、小麦を作っていたとのことです。
弘法大師の頃かららしいです。茹でるときに水は沢山必要になりますが。

あまり有名ではありませんが、その気候のためにオリーブの栽培も盛んです。
オリーブ栽培には少ない降雨量が適しているそうです。これは主に小豆島
(“しょうどしま“と読みます)という島で作られます。
もちろん、オリーブオイルの原料になるのですが、かなり高価です。
学生の時にオリーブオイルを食することはなかったのですが…。

久留米、鳥栖に来てから断水の経験はありません。
香川は瀬戸内気候のなかでも特に雨が少なく、台風の通過や降雪も滅多にありませんでした。あの厳しい断水も、今ではいい思い出に変わっています。

VOL.7 うどん県のはなし   2015/03/06

1988年に岡山県と香川県をつなぐ瀬戸大橋が完成されました。1988年といえば、昭和63年です。
皆さん、覚えておられましたか?

その昭和63年には高校3年生になり、進学を考えていた時に、担任の先生から・・・
「四国の大学はどうか?橋も架かったし。」
と言われました。その時は行く気はなかったのですが、何かのご縁があり、
橋を渡って、香川県に受験に行きました。元号は平成に変わった平成元年2月のことでした。

橋からの眺めを楽しみにマリンライナー(岡山県と高松駅をつなぐ電車)に乗車しましたが、当時はあまり外が見えませんでした。
26年前の高松駅はとても古く、すぐ近くにフェリー乗り場がありました。
(3年前に訪れた際に、あまりの変わりように驚きました。)

高松駅から市電の始発駅までは歩いて3分程でした。受験前日に、旅館に着いてから街を散策すると、うどん屋さんの多さにびっくりしました。
商店街には30mごとにあり、 県道にも100mごとにありました。
こっちでいうラーメン屋さんより多い印象でした。

一軒のうどん屋さんに寄ったところ、今では全国的にメジャーですが、セルフのお店でした。うどんの玉をどんぶりに入れてもらって、自分で温めて、自分でツユを入れて、好きな具(チクワ天とか鳥天、かき揚げなど)をトッピングするやり方です。ざるとかぶっかけとかは、存在すら知りませんでした。
当然すんなり行かず、地元の人を尻目にあたふたしていました。
一玉、二玉、三玉という表示は、たまごの数と思っていたくらいです。
二玉にしたのにたまごがないって言いに行って恥をかく始末でした。

その後、香川の 大学に通うことになったのですが、うどん県のうどんとの出会いはこの時でした。
6年後 には讃岐うどん通に成長しましたが(笑)。


VOL.6 まぐろ その2   2015/02/06

まぐろはなかなか釣れません。
冬場(12-2月)は天候にも恵まれません。
休日に海が時化たりして、チャンスも少ないです。

冬のまぐろはイカを捕食します。
イカの形をしたルアーを”イカ団子”と呼ばれるイカの塊(まぐろがイカを追いかけるとイカが浮上してひと塊になる現象)に投げ込みます。
そこにまぐろが喰いつくのです。

簡単ですよね?
いやいや、そうは簡単に行かないのです。

まず、数年前に比べてまぐろの数が減少しているといいます。
昔は年中、まぐろが跳ねていたとのことです。
そして、九州とはいえ冬の沖合はかなり寒いです。
その中で船の甲板に立ってイカ団子の出るチャンスを待つわけです。
チャンスがない日もあります。
1日中船に乗って、1回も釣りをしない時もあります。
チャンスの時に慌ててしまって、とんでもないところにルアーを投げることも…

梅雨時は冬よりも条件はいいのですが、
まぐろが追いかけている魚がイワシやトビウオのために、
まぐろの動きが早く、思ったところにルアーが入りません。
それでも毎年、100㎏前後のまぐろを釣り上げる人がいらっしゃいます。

うらやましい限りです。

率はかなり低いのですが、
自分でまぐろを釣ることに熱を上げている人は沢山 います。
私もその一人ですが。
いつかは、大きなまぐろを釣りたいと日々思っています。
釣れたら、クリニックでまぐろを配りたいですね \(^_^)/
  

VOL.5 まぐろ その1   2015/01/05

皆さん、まぐろって九州で釣れるって知っていましたか?
壱岐と対馬の間に七里ヶ曽根という漁場があります。
壱岐の漁師たちが1本釣りするとこ ろです。

近年、壱岐のまぐろはブランドになりましたよね。
まぐろと言えば青森の大間のまぐろが有名ですが、釣りあげてから
素早い処理(血抜き、わた抜き)を行うので美味であり、築地などで
高価で取引されています。
まぐろなんて素人に釣れるとは夢にも思いませんでした。
テレビで見る松方弘樹くらいと思っていました。

私は釣り好きですが、医師になってからしばらくは時間が取れず
行けませんでした。後輩も増え、時間に多少余裕ができた8年目に
なってから磯釣りなどにぽ つぽつと行き出しました。

5・6年前からは遊漁船に乗って船釣りに行くようになりました。
鯛や根魚などのエサ釣りを楽しんでいました。
元々、ルアー(疑似餌)で魚なんて釣れないだろと思っていましたが、
ある時、たまたま持っていたルアーでカツオが釣れました。
色々と調べてみると、前記した七里ヶ曽根でのまぐろ釣りの存在を知りました。2011 年の秋でした。

そこからまぐろ釣りへの傾倒が始まりました。
            (まぐろ2へ続く)

VOL.4 仕事は楽しい?   2014/12/6

勤務医のころ、仕事中に患者さんや看護師さんに「楽しそうですね」
とよく言われました。患者さんに「先生に会うと元気になるよ」と
言われる度に、こちらが元気を頂きました。

あまり意識してなかったのですが、楽しそうに見えていたそうです。

手術中は別として、外来や病棟では怒らないように努めていましたが、
仕事は好きです。外来での患者さんとの会話や、病棟での患者さん
家族との会話、手術や処置全般に好きです。

11月11日に開院してからも、仕事は楽しいです。
色んな悩みを抱えられている患者さんの話をうかがいます。
その後自分の意見を伝えて、患者さんが笑顔になられると顔がほころびます。

予防接種を受診する子供たちに涙ながらに「有難うございました」
と言われるときも顔がほころびます。
やはり、仕事は楽しいです。

以前、院長挨拶ページに載せている「私の仕事観」でも述べましたが、
仕事の上で「責任」、「想像と創造」、「協調性」、「感謝」を
大切にしています。笑顔も周囲を明るくし、患者さんに安心感を
届けられると思います。

今後も『笑顔』を大切に楽しく仕事をしていきます。

VOL.3 なぜ外科医になったか   2014/10/27

聖マリア病院では研修医として1年目に循環器内科や麻酔科、産婦人科を
ローテートしました。

循環器内科、麻酔科ではいわゆる“ABC(気道確保、呼吸、循環)”を習得
したいと思っていました。

産婦人科では女性の腹部疾患の際に婦人科疾患を鑑別できることを目的にしていました。その他、研修医のdutyとして検診や救急当直も行っていました。

2年目に外科を選択しました。
外科では救急を含め幅広い診療を行い、全身管理の大切さや難しさを
学びました。診断した疾患を根拠に基づいた治療法を選択し、自分で
治療することの責任感などを感じ取れました。

研修医終了後に大学入局も考慮しましたが、いわゆる“臨床現場”から
離れることをためらっていました。
当時の聖マリア病院は、現在のように救急専門に診療する科も人もいなくて、
外科が救急医療を担当していました。

特に当直帯では、救急車で来院されるほとんどの患者さんを診察していました。救急でみえられた患者さんを手術するか、しないかの判断や心配停止の患者
さんの処置には予断は許されません。張りつめた中での的確な判断ができる
先輩方に畏敬の念を抱いていました。その緊張感が心地よく感じるように
なっていきました。

外科では手術は当然ですが全身麻酔なども必要とされました。
手術や麻酔をしている時は時間を忘れるようでした。

外来では術後の患者さんのアフターケアが必要ですが、もともとの持病で
ある糖尿病、高血圧、喘息なども同時に治療していく必要がありました。
先輩方の指導を受けて、自分が成長していることを肌に感じられました。
適切に診断した疾患を根拠に基づいて自分達で治療することが最も有意義に
感じられ、3年目が終わるころには外科医として独り立ちしたいと決断しま
した。
今思えば、苦難の始まりだったかもしれません(;一_一)。。。

VOL.2 鳥栖で開業する理由   2014/10/22

鳥栖市で開業することを決めてから、多くの人に「なんで鳥栖なの?」
と尋ねられます。

生まれは大阪で、育ちは世界遺産に登録された石見銀山のある
島根県大田市です。
出雲大社から車で30分程度のところに実家があります。

出身大学は四国の香川県高松市であり、九州には一人の 知り合いも
いませんでした。

平成7年に研修医として久留米の聖マリア病院に就職しました。
その後、19年間も聖マリア病院にお世話になったのですが、
そのことについては次回以降に綴りたいと思います。

平成16年に久留米から鳥栖に引っ越して来ました。
当時は土地の値段が安かったこと、福岡と久留米の間に位置しており、
交通の利便性があることなどが理由でした。
もうひとつは、各方向への高速のインターが近いことでした。

魚釣りが趣味で玄界灘、唐津、呼子、遠くは大分、平戸や五島まで
遠征していました。日帰りなので、早朝(というより夜中)に出発するため、
高速のインターに近いことも重要でした。住んでみるとアウトレットや
今のフレスポも近く買い物にも困りませんでした。
大型釣り具店もあります。
久留米よりも静かでのんびりした雰囲気も馴染みやすいものでした。
子供たちはすっかりと鳥栖っ子になって行きました。

2年程前にクリニック開業を意識した際に、ずっと久留米で仕事していたので、
自分自身は鳥栖には知り合いも少なかったのですが、鳥栖市内以外の選択肢は
思い浮かびませんでした。自分自身も鳥栖っ子になっていたのかもしれません。

今後、鳥栖で多くの人と関わりを持ち、
皆さまに信頼されるように頑張る所存です。

VOL.1 医師を目指したわけ   2014/10/21

実家が医療関係ではない最近の研修医に“医師になった理由”を尋ねると、
“ERシリーズ”、“救命病棟24時”、“Dr・コトー診療所”などのテレビドラマに
影響を受けたとよく耳にします。

テレビドラマに出てくる医師は様子がよく、
イケメン(あるいはイケジョ)で正義感が強く優秀に描かれています。
少年少女が憧れるのも納得がいきますよね。

私の少年時代には、まだ医療テレビ
ドラマもあまりありませんでした。実家も医療には無関係でした。

今では滅多に風邪すらひきませんが、小学3年生頃まではよく熱を出したり、
腹痛を起こしたりしていました。いつも同じ診療所に行っていました。
幼稚園や学校を欠席して母に連れられて診療所に向かうのですが、
いつの頃からか道中にだんだんと良くなっていたことを記憶しています。
先生は白髪頭で無口で、正面に座った私の脈を取りながら眼瞼やのどを
診察します。そして一言“すぐよくなる”。
実際、先生にお会いすると治った気になっていました。
帰り道にはすっかり元気になっていたものです。
行く途中から良くなるのは先生への信頼だったと思います。
不思議な現象ですが、実際に起こり得ることのようです。
私の家族全員がお世話になっていました。

先生は外科出身で現在90歳代になられ閉院されていますが、
25年ぶりにお会いした時にも私のことを覚えておられ驚かされました。
診察を受ける前から治っていくことが、
いつも不思議で漠然と医師を目指したきっかけになりました。

その先生を思い出す度に(先生は今もお元気です)、医療には信頼関係に基づい
たコミュニケーションと雰囲気作りがとても大切だと教えられます。


Kuroda Family Clinic内科・外科 くろだ医院

〒841-0051
佐賀県鳥栖市元町1328-5 NTT西日本鳥栖ビル1階
TEL  0942-50-5833
FAX  0942-50-5832

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糖尿病内科、内分泌内科
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リハビリテーション科
ペインクリニック内科
小児皮膚科、救急科

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